WORDS for thinking of tomorrows/「明日」を考えるための一言集

普段、いろんな分野を勉強していると思わず書き留めたくなる一言に出くわすことがあります。いつもなら頭の片隅に置くかポストイットにメモるだけで、やがて忘れてしまうその一言を、ウェブのコンテンツとしてまとめておくとおもしろいかも……。このページはそんな意図を持って作成されたメモ書きページです。敬称略・随時更新で新しいものから順にならんでいます。( [ カッコ ] 内の日付は掲載日を示しています。「一言」が述べられた日付・「一言」を見聞きした日付と一致してるとは限りません)

2002

「経験をデザインする」ことが最近気になっている。僕は建築家だからその観点でやろうと思うけれど、でもこれは建築じゃなくてもやれる。アートやグラフィックデザインでもやれる。社会の仕組み上、建築は建築家、芸術はアーティスト、グラフィックはデザイナーと区分されてるけど、発想方法には共通しているものがあるし、この「経験デザイン」もそういったジャンルの区別なく大事になってくるんじゃないかな。
建築家、隈研吾。アーク都市塾での講演より。覚え書き。[2002/11/17]
いまの子供たちは学習塾、スイミングスクール、ピアノレッスン、英語塾など様々な規制を縛られ、それによって子供の本当の才能が失われてしまっている。これでは子供たちも感性の磨きようがない。
建築家、東京大学教授、安藤忠雄。アーク都市塾での講演より。覚え書き。[2002/11/17]
日本人は自分でモノの価値を考えようとしない。皆がいいと言うから「いいね」と言い、高値がついてるから「いいね」と言う。もっと主体性を持って感性を働かせなくてはいけない。
建築家、東京大学教授、安藤忠雄。アーク都市塾での講演より。覚え書き。[2002/11/17]
歴史を知っとけばね、同じ過ちを繰り返すことはないし、人生を歩む上での参考にもなる。そういう意味で歴史はいま現在や今後を考える上での指針になるでしょ。
先日亡くなった学習院大学教授、坂本多加雄。大学での講義より。覚え書き。[2002/11/17]
過去を思い出せない者は過去を繰り返す運命にある
書籍「メディアラボ」の中で、マサチューセッツ工科大学メディアラボ研究者、マービン・ミンスキーが引用したある哲学者の言葉。[2002/11/17]
「バカやろう」(ファック・ザット)と、わたしはこの本の中ではいうことができる。だが、テレビのトークショーの中では、その言葉はいえない。1929年に国会を通過した電波法の中で、第29条はつぎのように定めている。「合衆国の司法権が及ぶ範囲にいるものは、電波コミュニケーションを使って、猥褻な言語、無作法な言語、冒涜的な言語を口にしてはならない」。この条項はいまでの効力をもっている。ハム(アマチュア無線家)とCBバンドのユーザーも毒づいてはいけないのである。しかしながら、一般の無線電話ではののしってもいい。それは無線を使っていても放送ではなくて、法律的には別のカテゴリーの電話だから。
作家、スチュアート・ブランド。著書「メディアラボ」より。[2002/11/17]
ARPAネットのようなネットワークを使って、ものを書いたり編集したりするコンピュータ科学者たちの小グループは、これからなにが登場するかを予告している。ある人がターミナルに向かってコメントをタイプし、ネットワークの仲間にそれを読ませる。それを読んだ仲間はそれぞれ、そのコメントをコピーし、修正し、編集して、膨らませて、それは毎日毎日変化するテキストとなる。そして変化するたびに、それはバージョンとしてどこかに保存されている。コンピュータによる教科書は、教師の数と同じだけ、多種多様のバージョンをもつだろう。ひとりひとりの教師は自分が好きなバージョンを作り、その教科書は何年にもわたり繰り返し変えられていくはずである。あるいは、文学とか演劇のコースでの一つの実習は、ワープロを使ってテキストを書き換えていくことになるだろう。そして読むという行為は、能動的な行動となり、対話的になるだろう。
作家、スチュアート・ブランド。著書「メディアラボ」より。文体は不正確。[2002/11/17]
「グーテンベルクはあらゆる人々を読者にした。ゼロックスはあらゆる人々を出版社にした」とマーシャル・マクルーハンはいった。パーソナルコンピュータはすべての人を作家にする。電子メール、考えているプロセスをそのまま書けるワープロ、そしてレーザープリンタは、<書く、出版、配布>というプロセス全体を打ち壊し、完全に個人が管理する一つの出来事にしてしまった。もし本当の出版報道の自由が、<書く、出版、配布>というプロセスを自分で自由にもつことだとするなら、合衆国憲法修正第一条を完全に実現するのは政治ではなく、テクノロジーである。
作家、スチュアート・ブランド。著書「メディアラボ」より。[2002/11/17]
いまの基本的な経済のカテゴリーがどれほど不適当か、わたしにはわかっている。わたしたちは財産というものの概念を考え直す必要がある。1つには、マルクス理論では、財産の定義は<所有権を譲渡できるもの>ということになっているからです。あなたの肘は、その定義に当てはまらない。それは<あなた>であって、あなたの<もの>ではない。財産は譲渡できるものでなければならないわけです。たとえば、わたしはあなたに牛を一頭売る。あなたは牛を一頭手に入れる。売ってしまった牛はもうわたしのものではない。わたしはあなたに情報を売る。あなたはその情報を手に入れる。ところがその情報はわたしの手元に残る。だから情報はマルクスの財産の定義に当てはまらない。
書籍「メディアラボ」より、ある研究者の言葉。[2002/11/17]
<パーソナル新聞>を実現させるためにメディアラボが現在取り組んでいるのは「ニュース性」というものの研究である。ネグロポンテは、ロンドンのロイヤルダッチシェルに集まった人々にこういった。「昨夜、リビアのカダフィ大佐がアメリカに攻め込んだとします。そして、みなさんは昨夜、この講演会をキャンセルしなければならないとします。そうしたら、わたしの今朝のパーソナル新聞のトップには、『シェル講演会、中止!』という見出しが出るはずです。『カダフィ大佐うんぬん』の見出しは、その下のどこかにでるでしょう。みなさんのパーソナル新聞ではたぶん、カダフィ大佐ことはトップ記事で、一面のどこかに『ネグロポンテの講演、中止』と出るでしょう。この講演会が中止になったということは誰にとってもニュースというわけではありません」
書籍「メディアラボ」より、マサチューセッツ工科大学メディアラボ創設者、ニコラス・ネグロポンテの言葉。[2002/11/17]
私は「学校数学」を社会の作り出したもの、一種のクワーティだとみなしている。一連の歴史の偶発事件が数学の中のどの原理を市民の携えるべき数学の荷として選ぶかを決定した。タイプライターのクワーティのように、当時の歴史的な状況においては学校数学も意味をなすものだった。だが、クワーティのように深く組織の中に住みついてしまったので、それに意義を与えた歴史的条件がなくなってからも、永く、人々が当然のこととして受け容れ、それを合理化するようになってしまった。実際、我々の文化では、学校数学が何か違ったものであり得るなどとは大半の人々には考えられない。これが彼等の知っている唯一の数学なのである。
プログラミング言語「LOGO」の開発者、マサチューセッツ工科大学教授、シーモア・パパート。著書「マインドストーム」より。ちなみに文中の「クワーティ」とは、現在普及しているキーボード配列「QWERTY」を指す。この配列はキーが引っかかりやすいという初期のタイプライターの欠陥を解消するべく考案されたが、続けて使うことが多い文字キーを離した配置になっていることから、引っかかりの欠陥を解消する以外には合理的な理由はなく、タイプのしやすさという意味では大変非合理な配列となっていた。だが、この配列があっという間に普及したために、この引っかかりの問題が技術的に解決した後も他の配列を採用することができず、今日に至るまでこの配列が採用されつづけてしまった。この一言はそれと同様の状況が学校数学にも起きているのではないか、具体的には、電子計算機全盛のこの時代、計算を速く正確にできるようにする教育を施して人々を計算機化・プログラム化する必要性は薄れてきているのではないか、と指摘している。[2002/10/23]
クレージーな人々がいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に、丸い杭を打ち込むように物事をまるで違う目で見る人たち。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。彼らの言葉に心うたれる人がいる。反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。しかし、彼らを無視することは誰にもできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは発明した。想像した。人の心をいやし、奮い立たせてくれた。彼らは人間を前進させた。彼らは人と違った発想をする。そうでなければ、何もないキャンパスの上に芸術作品は見えてくるだろうか? 静寂の中に、今までにはない音楽が聞こえてくるだろうか? 私たちは、そんな人たちのために道具を作る。クレージーと言われる人たちを、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じている人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。
アップルコンピュータ。1998 年頃展開された「Think different.」広告キャンペーンより、「クレージーな人々へ。」と題されたメッセージの全文。[2002/09/16]
人々にとってすごく価値があるのに、今一つ生活になじめずにいたものを、もっと身近にしていくための挑戦―「seven」には、新聞をデザインしていこう、“デザインされた新聞”をつくろうという意思が感じられた。だからこそ、「空想家電」と米国同時多発テロの記事が並んでいても少しも違和感がなかったし、それどころか、毎週新聞を開けばそこにデザインの記事があるなんて、考えただけでも素敵なことじゃないか。なのに、「seven」の幕はあっけなく下ろされた。わずか 8 号、その可能性すら未知数なままでの、あまりにドライな休刊劇。もう少し長い目で育てることはできなかったのか?
雑誌「デザインニュース」256号より。朝日新聞社から2001年9月から11月までのわずか2ヶ月間、全8号発行された若者向け週刊新聞「seven」について。[2002/09/12]
大学に入ったらいろんな分野の本を読みなさい。内容が分からなくても全然気にすることはない。分からないということは楽しいことなのだ。
駿台予備学校講師、大島保彦。ある英語テキストの前書きより。(極めて)覚え書き。[2002/09/11]
バックアップするのは弱虫だけだ。できるヤツは大事なものを FTP にただアップロードする。そして、世界中にそれをミラーさせるのさ ;)
Only wimps use tape backup: _real_ men just upload their important stuff on ftp, and let the rest of the world mirror it ;)
Linux の生みの親、リーナス・トーバルズ。邦訳は結城浩による。この一言自体も様々なページでミラーされてて出自がはっきりしないのだけど、どうやら所有するハードディスクを壊してしまったときの発言である模様。[2002/09/08]
情報は力でなく、知識が力なんだ。先生が教えるのは情報、それを自分のものにして初めて力(知識)となる。
ノーベル化学賞を受賞した名古屋大学教授、野依良治。野中郁次郎教授がアーク都市塾での講演の中で紹介。読売新聞のインタビューでの発言らしい。[2002/08/08]
「暗黙知(Tacit Knowledge)」とは言語・文章で表現するのが難しい主観的・身体的な知。対する「形式知(Explict Knowledge)」は言語・文章で表現できる客観的・理性的な知。この2つの知の相互作用により、本質的な知が生みだされる。
一橋大学教授、野中郁次郎。アーク都市塾での講演より。[2002/08/08]
「タンジブル・ビット」の究極的な目的とは、グラフィカル・ユーザー・インターフェイス(GUI)のように物理世界を「メタファ」としてグラフィカルにシミュレートするのではなく、物理世界そのものをインターフェイスに変えることである。
マサチューセッツ工科大学メディアラボ教授、石井裕。東京大学主催のシンポジウムでの講演より。講演資料によれば、「タンジブル・ビット」とは、物理空間とサイバースペースとの境界線を曖昧にし、また人とビット(情報)・アトム(物質)とのシームレスなインターフェイスを実現する試みなのだという。[2002/08/07]
「アフォーダンス(affordance)がある」とは、ものの形を見ただけでその使い方がわかる、ということ。
マサチューセッツ工科大学メディアラボ教授、石井裕。東京大学主催のシンポジウムでの講演より。有名な例では、引き手のような取っ手がある押し扉は、見た目から予想される動きと実際の動きに違いがあるので「アフォーダンスがない」と言う。[2002/08/07]
死後、自分がどのように思い出されたいか、家族・友人・知人に時々「いい人だったね」と思い出されて終わりなのか。それを考えれば、そうならないためにも、後世に語り継がれるような挑戦の姿勢を持とうとするのは当然のことだ。
マサチューセッツ工科大学メディアラボ教授、石井裕。東京大学主催のシンポジウムでの講演より。覚え書き。[2002/08/07]
みなが問題と思ってないようなことを問題視するメガネが必要。
マサチューセッツ工科大学メディアラボ教授、石井裕。東京大学主催のシンポジウムでの講演より。[2002/08/07]
普通の人々のためのウェブサービス
Web services for the rest of us.
Mac OS X 10.2 の目玉ソフトの1つ「Sherlock 3」のキャッチコピー。Apple Computer 創業時のコピー「Computers for the rest of us.(普通の人々のためのコンピュータ)」をもじったもの。この言葉に表れているように最近のインターネット関連のテクノロジーはビジネスユースばかりで、「普通の人々」が取り残されているような気がするのだけど……。[2002/08/07]
デザインとは次の3つの言葉で定義できると考える。「見えないものに形を与え、意味を創出する行為」、「人々の知識を秩序立て、洗練させる記号」、そして「私たちの現在とこれからを映すシンボル」の3つである。
ロボットデザイナー、松井龍哉アーク都市塾での講演より。[2002/08/07]
プレゼントにリボンをかけることがデザインではない。プレゼントを何にしてあげるか、までを考えることがデザイン。
ロボットデザイナー、松井龍哉アーク都市塾での講演より。究極的には「プレゼントを渡すことでどんな気持ちを伝えるのか」を考えることがデザインなのだろう。[2002/08/07]
科学は産業だけに使われるものではない。生活や文化にも使われなければならない。
東京芸術大学教授、藤幡正樹。日本科学未来館の映像資料より。文体は不正確。[2002/07/07]
もしあなたが他の人は関心を持ちそうにないシステムのあまり光の当たらない部分についてドキュメントを作っていたり、あるいはとにかく何かの情報があるだけでも読者はラッキーだと思えば、テストに時間を費やする理由はありません。その情報が必要なら、目指す情報にたどり着くために少々余分な苦労をしてリンクをたどり、あなたの書いたことを理解するべきであるといってもいいでしょう。これがもっとも効率的な方法かもしれないのです。私がこの点を強調するのは、一瞬の間だけ頭に浮かび、急いでファイルに走り書きされ、後の代まで伝える必要はないという情報が非常にたくさんあるからです。このような情報は、洗練されていない形でも利用できるようになっている方が、形が整っていないからといって隠されているよりもずっと有益です。電子技術が発達する前は、出版の労力が大きいためこのような情報は日の目を見ず、クオリティの高くないものを出版するのは無益で読者を侮辱するものとみなされていたのでした。こんにちにおいては、あらゆるレベルの「出版」が存在し、クオリティの高いものも急ごしらえのドキュメントも、いずれもそれぞれの価値を持っているのです。
World Wide Web の発明者、ティム・バーナーズ=リー。「Style Guide for online hypertext」より。神崎正英の訳。[2002/06/16]
「情報建築学」とは、情報技術業界と、グラフィックデザイナーと、複雑な問題を明快にする研究者や図書館員の才能との3つが合体した分野だ。
リチャード・S・ワーマン。著書「それは「情報」ではない。」より。文体は不正確。「情報デザイン」とも呼ばれるこの分野は従来の学問区分にない、新しい分野であるように思う。[2002/06/08]
生産 - 消費者
Pro-sumer
アルビン・トフラー。「情報デザイン入門」(渡辺保史著)ではこの言葉と情報デザインとの関連について言及されている。インターネット時代となり、こと情報という意味においては生産者と消費者の区別はなくなったことを示している。[2002/04/22]
見えない空間の地図を描く
ジャーナリスト、渡辺保史。著書「情報デザイン入門」より。この本の中では「inxight」「The Internet Weather Report」などを具体例として挙げている。これからのウェブにおけるひとつのトレンドになりそうな気配。[2002/04/20]
私のコンシェルジュ
「iモード」開発者の一人、松永真理。著書「iモード事件」より。「iモード」のコンセプトを簡潔に言い表したもの。ウェブサービス関連の議論で話題に上がる「エージェント」ではなくて、「コンシェルジュ」という人間味とやさしさを持った言葉を使っているところがポイント。[2002/04/20]
アメリカ人は東でとんでもない失敗をやらかしても名前を変えて西に移ればどうにかなる…もちろん今はそうできないにしても、そういうメンタリティがある。
Apple Computer CEO、スティーブ・ジョブズ。pierredesign.comより引用。NeXT時代に受けた雑誌「Wired」のインタビューでの発言らしい。[2002/04/20]
グラハム・ベルが電話を発明して街に1台ずつ広まろうかというとき、市民の間には「遠く人の声が聞けてしまうというあんな気味悪いもの誰が使うんだ?」という声が絶えなかった。それがいまじゃ1人1台のご時世だ。
ドナルド・A・ノーマン。著書「パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!」より。覚え書き。技術革新に対する人々の最初の反応は、いつの時代もこんな感じなのだ。[2002/04/20]
スリーマイル島原子力発電所事故の原因は人的ミスではない。複雑な操作パネルのデザインに問題があったのだ。
ドナルド・A・ノーマン。著書「誰のためのデザイン?」より。文体は不正確。[2002/04/20]
物事を視覚的に表現すれば、心の中にまで伝わるわ。その方が伝えたい内容がよく理解できると思います。
NHKの番組「未来への教室」より。アラン・ケイの「これからのパーソナルコンピュータにできることは?」という質問に対して、ある小学生の回答。[2002/04/20]
知性の増幅器
Intelligence Amplifier
コンピュータ科学者、アラン・ケイ。NHKの番組「未来への教室」より。パーソナルコンピュータは人間の知能を増幅する機械でなければならない……と「ダイナブック」のあるべき姿を表したもの。[2002/04/20]
パーソナルコンピュータは楽器のような知的パートナーになるべきである。
コンピュータ科学者、アラン・ケイ。NHKの番組「未来への教室」より。[2002/04/20]
未来を予測する一番の方法は未来を発明してしまうことだ。
The best way to predict the future is to invent it.
コンピュータ科学者、アラン・ケイ。彼の発言の中ではもっとも有名なもの。[2002/04/20]
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Last updated: 2005/12/30
Created: 2002/07/31